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佐々木俊尚×小野美由紀​
「SFプロトタイピングは
日本の企業活動にどう活きる?」

​「SFプロトタイピング」が具体的に可能にするものは何か、

小野と佐々木が対談形式で解説します。

SFプロトタイピングで
隠れたユーザのニーズが浮き彫りになる
​企業のビジョン策定から商品開発、採用まで幅広い用途に応用可能
​正解がないからこそ、
リアリティある未来を
想像できる
​「不都合な未来」を描くことで企業の目指すべき姿が見えてくる
白か黒かで割り切れないリアルな未来のマーケットの姿、
消費者像を描ける

佐々木 ITジャーナリストの佐々木俊尚です。今回、作家の小野美由紀さんとSFプロトタイピングという新しい株式会社をスタートしました。SFプロトタイピングは今アメリカでも日本でもとても盛り上がっているんですが、このSFプロトタイピングって一体どんなものなのかの説明をまずは小野さん、してもらえますか。

 

小野 はい。SFプロトタイピングって聞き慣れない単語だと思うんですけれども、元々はアメリカ西海岸のIT企業やスタートアップの間で広まった手法でして、製品開発や企業のビジョン策定に使われる手法・思考のプロセスの一つなんですね。例えばインテルだとかマイクロソフトみたいな大きな企業も取り入れています。

具体的に何をやるかっていうと、SF作家と企業が協業し、近い未来、例えば2050年だったら2050年、2040年だったら2040年の社会や世界がどのように変化しているのか、どんな社会形態で、技術があって人々がどんなふうに暮らしているのかというのを、事細かに具体性を持って想像するんです。

その世界の中で、自社の持っている技術だったり、サービスなりがどのように活かされており、どんなふうに人々の生活を変え、どんな課題を解決しているのかを、さらに深掘りしていく。さらにはそのグループディスカッションの中から出た発想を元に、SF作家が小説という形で多くの人に共有できる形でアウトプットするという流れが基本的な流れです。

 

佐々木 今現在の商品開発だったら、実際にその事業を取り組んでる人、今ここに生きる人たちがやりますよね。けれど、もし2030年代、40年代、50年代……と、遠い未来になればなるほど、社会はすごい勢いで変化してゆくし、10年先、20年先にどんな商品が必要とされているかって、ほとんどわからないですよね。

 

小野 そうですね。今現在、企業が持っている技術やサービスが、20年後の社会や、その企業の活動にどう結びつくのか、なかなか想像しにくい。

 

佐々木 そこに、SF作家の想像力が生かされる。

 

小野 そうです。コロナ禍もあり、線形の未来がなかなか描けない社会、将来何が起こるかわからないという危機感のようなものが全世界的に共有されたと思うのですが、そ中で、いっそのことSF作家の持っている想像力を使って、正解不正解ではなく「こんな社会があり得るかもしれない」というふうに仮置きし、その中でわが社はどういうふうに振る舞うべきか、将来的にはどんな技術が登場して、どんな製品が求められるのかを考えてみる。アメリカではかなり盛り上がっている手法で、日本でもここ5年ぐらいですね、徐々に大企業からベンチャーまで、取り入れる企業が増えています。

 

佐々木 小野さんは実際に、個人でいくつかSFプロトタイピングの案件に取り組んでいますけれど、どんな案件だったのでしょうか。

 

小野 そうですね。規模が大きいものですとコンデナストJAPANが運営する「Sci-Fiプロトタイピング研究所」さんから声をかけていただいて、サイバーエージェントやソニーといったIT企業と一緒にSFプロトタイピングワークショップに取り組みました。

「2050年の恋愛」というテーマをまず一つ数大きな傘として設定し、その中で2050年において、どんな科学技術が求められてるんだろうとか、どんなサービスが必要とされるのだろう、というのを考えてゆく。

 

佐々木 具体的には、「その頃の人々はどんなふうに恋愛しているのかな」とか「どんな科学技術が発達しているのかな」とかを一つ一つ想像を膨らませて、シーンが思い浮かぶぐらい具体的に考えてゆくんですよね。例えば2050年の恋愛ですと、ジェンダーレスがすごく進んでいるんじゃないかとか、AIと恋愛してるかもしれないとか。

 

小野 はい。そうですね。まさにそういう感じの多様な可能性があるわけです。その中で、人々は恋愛シーンにおいて、どんな技術だったりサービスを求めているのかな、どんな肌感覚を持ったり、どんな困りごとを持っていて、そういうサービスを使うんだろうというふうに、一人のユーザー、その時代を生きる一個人の視点に立って考えてゆく。

 

佐々木 最初は社会や世界といった大きな視点からアイデア出しをしていって、ワークが進むごとに、どんどん俯瞰から、主観へと降りていくんですね。

 

小野 そうです。そして最終的には、ワークで出たアイデアを総合的に取り入れながら、その時代に企業のサービスや技術を使っている一個人のユーザーの視点から小説に仕上げてゆきます。

 

佐々木 まず一つ、SF作家が書く短編小説が一つ成果物として出る。

小野さんが関わったソニーのプロジェクト「One Day, 2050」では、銀座のソニービルの展示場で、ソニーのデザイナーチームがその小説の中に登場するガジェットを実際に試作したものを展示したそうですね。

 

小野 はい。SF作家が執筆した短編小説4作品を元のアイデアとし、その作品の中に登場ずるガジェットを再現したり、小説の趣旨に沿った架空のサービスをソニーのデザイナーチームが立案・試作して展示しました。あくまで仮定の話ですが、未来のソニーは、もしかしたらこんな技術を開発してるかもしれないよ、と言うコンセプトで。また、小説を短編のアニメーションにし、YouTubeで世界に向けて発信しました。

 

佐々木 実際にこのSFプロトタイピング、クライアント案件が来た場合にはどういうプロセスで進むものなんですか。

 

小野 まず、ヒアリングにより企業ニーズを汲み上げます。依頼してくる企業さんも、いろんなニーズを持ってるんですね。直接製品開発に生かしたいという場合もあるし、あるいは、これまでの企業のビジョンだとどうやら時代の流れについてゆけなくなっているらしいから、新たなビジョンや方向性を模索するために役立てたい、とか。あるいは、採用のために企業のビジョンや将来の目指すべき姿を、いち社員やいちカスタマーの視点から小説化して、採用サイトや採用候補者に配る資料に掲載したい、とか。

 

佐々木 さまざまなニーズに応用可能なんですね。

 

小野 はい。また、PRイベントの一企画として展示したいという場合もこれまでありました。

 

佐々木 なるほど。

 

小野 そういったニーズを聞いた上で、何人かの社員の方、あるいは全社員を対象に、未来の社会を想像するワークショップというのを開催します。例えば、自分の会社が持ってる技術をどう展開できるだろうか、ってどんなふうに進化してるだろうか、2050年のわが社のカスタマーはどんなことを望んでいて、どんな課題を持っているか。そのときのわが社はどんなふうになっているかっていうのを、一つ一つ具体的に細やかに想像していくというワークを重ねていきます。

 

佐々木 そこで出てくるアイデアは正解がないんですよね?

 

小野 はい。むしろ正解を求めるのは線形の未来になってしまい、思考が硬直してしまうのでおすすめしていません。さまざまなワークを取り入れながら徐々に思考がほぐれて、ある意味「ぶっ飛んだ」未来を考えるトレーニングを積んでゆきます。

最終的には参加していただいている社員1人1人に、SF短編小説を書いてもらいます。

 

佐々木 書けるものなんですか?! 今まで小説なんか書いたことない人が……

 

小野 それはよく言われるんですけど、大体書けます(笑)私がワークショップやって書けなかった人は1人もいません。

 

佐々木 へえ。なんで書けるようになるんでしょう。

 

小野 作品を書くに至るまでに、一人一人の想像力を広げるワークを積み重ねてゆくので、大丈夫です。

 

佐々木 頼もしいですね。2020年代のいま現在を起点に、未来がこうなっていくんじゃないかっていきなり想像するのは難しいですよね。

 

小野 そうですね。SFプロトタイピングのWSでは、正解不正解があるような状態を一旦外して、どんな突飛な未来でもいいからまずは一旦想像してみよう、1回正解としてみようと仮置きすることで、思考がほぐれるというか、思考のキャップを外すことができる。そこからバックキャスト的に「可能性の高い未来」に収束してゆかせるわけです。

佐々木 どうしても日頃の業務の中だと、PDCAを回さなきゃいけないとか、コストを考えると、具体的な事業プランを考えろっていう現実の縛りがあって、それはもちろんいいことなんだけれど、突拍子もないことばっか考えても、ビジネスですからね、でいったん脇に置かれちゃう。でも、そうじゃなくて、いったん2020年代の現実とのつながりを切ってしまって、1回、遠くに行ってしまうと、そこで想像力の羽ばたきがあって、一回具体的に考えてみると、これまでの現実に即した視点とは全く違う箇所から企業の持つ課題に光が当たったりとか、思わぬところに目指すべき方向性があったりするのに気づくとか、そういうことなんですかね。

 

小野 そうですね。すでに企業の目指す方向性が決まっていて、それを具体的な小説にしたいという場合でも、いったんそこから離れて、WSで出てくるアイデアの意外性を楽しむ姿勢でいることをおすすめしています。

あともう一つSFプロトタイピングならではだと思うのが、小説って一人称の視点で書かれることが多いじゃないですか。主人公が見ている世界の眺めを細かく書いていくわけです。企業活動の中だと、やっぱりどうしても自分っていう個人よりも企業としての意見だったりとか、姿勢に同化してアイデア出しすることになると思うんですけれども、やっぱり一人称で小説を書いてゆくと、社員さん一人一人が主役になりやすいというか、普段会社では口にしないような思わぬニーズだったり欲望だったり、あるいはペインにフォーカスしやすくなってくる。

 

佐々木 企業として考える未来ってこうだよねっていうのと、実際にそのワークを繰り返して手を動かして書いてるうちに出てくる、社員一人一人が想像してる未来や、サービスにこうなってほしい姿って結構乖離してるな、というのが見えてくるんでしょうか。

 

小野 例えば、とある企業で「2050年のウェルビーイング」をテーマにワークを行った時、最初は皆さん慣れてないので、普段ニュースで見聞きするような情報をもとに『2050年を生きる人々は不老不死になってて、すごい長寿で、死や健康問題から解き放たれてる。それは良いことだよね』という価値観をいったん仮置きして始めたんですが、じゃあ実際そうなった自分を想像して、2050年の社会を生きているとして、その時の社会における幸せってどんな感じ?とか、不幸せってどんな感じ?と、具体的に自分の未来の生活に落とし込んで考えてゆくと、実はそれってあんまり幸せじゃないじゃないか?とか、みんな実はそんなに不老不死を願ってないんじゃないの?とか、不老不死になることで新たに不安な未来が来るんじゃないかとか、そういう意見が中盤でどんどん出てきて(笑)

 

佐々木 なるほど、紋切り型の未来像から、肌感覚のある未来像に解像度をあげてゆくと、実は個々人にとってそれが必ずしもハッピーじゃないんじゃないかということが見えてきたわけだ。

 

小野 企業体として目指すビジョンを考えている時には口に出しづらかった、個人の肌感覚として感じる不安や恐怖みたいなものが、ワークを重ねるごとにあぶり出されてきて、本当に企業として目指していく未来はそっちでいいのか?という疑問が湧いてくる。

佐々木 なるほど。企業が未来のビジョンを描く時ありがちなのが、「これからこういう社会ができます」「それはみんながハッピーになれる未来です」みたいな、例えばSDGsみたいなね、ソフトなユートピアを描きがちじゃないですか。すごい便利な製品がたくさんできていて、課題が解決していてハッピー!みたいな。そういう、何か漠然とした模範的な未来の話を描くためのワークショップではないってことですよね。

小野 そうですね。企業としてはどうしてもユートピアを描きたくなっちゃうんだけど、人間の根源的な恐怖だったり不安とかっていうのはそうした未来の語りの中でははじかれがちで、でもそれも含めて考えていかないと、リアリティある未来像は描けない。またそうしたネガティブ要素というのは、社員一人一人に、自分たちが未来を生きる当事者であるという意識がないとやっぱりどうしても出てこない。

佐々木 なるほど、綺麗事ではない未来を描くこともサービス開発やビジョンを作る上では大事ってことですね。見えてきたぞ。もしかしてワークを重ねるごとに小説を描けるようになるっていうのは、このワークショップ自体が、参加する社員たちに、その未来を生きる当事者であるという意識を引き出して、自分ごと化して考えさせる力があるからってことなのかな。

 

小野 そうです。そこは綿密にワークを重ねて引き出してゆきます。そうじゃないと、どこかの映画とかアニメで見たようなありきたりな未来しか描かれなくなってしまうので。

 

佐々木 生身の人間がどう感じるんだろうかってことが大事なわけですね。つまり、消費者が本当に美しいユートピアに対して、平和とか安全とか幸せを感じるかどうかわかんないわけですよね。「なんか一見すると、すごい平和で安全なんだけど、みんな本当に幸せなのかな、その時幸せじゃないとしたら、そこに一体どんなニーズがあるんだろう」みたいなのが、ナラティブベースのワークを繰り返すことで引き出されてゆくという、そういうことですよね。

小野 そうですね。また、SF小説にすることのメリットに「個別化」があります。社会がこれだけ多様化していると、世代やジェンダー、社会階層、クラスターによって、「何が幸せか」って全部変わってくると思うので、主人公の属性をどこに置くか?で、よりそれが細分化して見えてくるというメリットもあります。主人公がその時代におけるマジョリティかマイノリティかで全然見えてくる景色も違うし、年齢によっても、不満やニーズは変わってきます。

 

佐々木 なるほど。

小野 一見、多くの人にとってはディストピアみたいな未来が描かれたとしても、中にはある属性の人にとっては実はユートピアだったりとか、ディストピアでも何かしら、人々が潜在的に抱えるニーズを満たしてる部分があったりとか……。

 

佐々木 僕、それで思い出したのが、1980年代ぐらいにジョージ・オーウェルの「1984」って本がブームになってね。管理社会のディストピアを描いた小説で、そこで管理社会はけしからんというのをワーッとメディアとかでいうようになったんです。けど、その時は皆「本当に監視っていいものか悪いものなのか」ってのは、あんまり明確に考えないまま話していて。

 

小野 「監視は何でも怖いよね」って結論ありきで世論が造られた。

 

佐々木 でも、21世紀に入って、ほらここ5年10年ぐらいドライブレコーダー、車のね、あれがすごい普及してきたでしょう。ドラレコの意味って、大枠で言うと監視じゃないですか。けど、あれによって、例えば交通事故のときに、その撮影した映像を出すことによって「自分は正しく運転していた」と言うことを証明する、つまり公正さを証明するためのツールとして普及していったわけで、そうすると監視ってのは必ずしも悪いことばっかりじゃなくていいこともあるよねと言うのが見えてくる。

 

小野 なるほど。実際に取り入れてみないとわからなかったわけだ。

佐々木 だから、ステレオタイプに、これは悪だ、これは善だ、これはユートピアだこれはディストピアだっていうふうに割り切るんじゃなくて、実際リアリティを持って考えれば、そこは必ずしもね、極端に切り捨てることができないものっていうのがたくさんあるよねっていう、ケースバイケースのリアリティを掘り起こすっていうのがこのSFプロトタイピングの一つの大きな意味だと思うんですよね。

 

小野 そうですね。今の例で言うと、1980年代の「監視社会は悪だ」と言っていた時代にSFプロトタイピングがあれば「たとえば30年後に運転を全部録画することが義務付けられていたら?一見監視のようだけど、中にはこんなメリットもあるよね」と潜在的なニーズに気づけて、ドラレコの開発・導入が現実より加速したかもしれない。そう言うことがSFプロトタイピングでは可能なわけです。

今だったら、AIに人間の仕事が乗っ取られるんじゃないかって言われてますけれども、実際に2050年を生きる個人のユーザーに視点を置いた上で、AIがどういうふうに使われているかっていうのを小説の形で想像してみると、意外とそこには、受け身で言説を摂取しているだけでは見えてこなかったものがあるんじゃないかと。

 

佐々木 ユートピアの部分もあればディストピアな部分もあり、リアルな生身の感覚みたいなものを掘り起こすことで初めて、その20年、30年先のマーケットのありようとか、消費者の考え方とかそういうのが浮き彫りになってくる。それがSFプロトタイピングの、実際一番大きなメリットなのかもしれないですね。

​株式会社SFプロトタイピング

住所:151-0064 東京都渋谷区上原1丁目4-2
ガーデンブルグ上原

電話番号:03-5790-9137

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