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小説サンプル

株式会社加登様よりご依頼を受け作成したSFプロトタイピング小説のサンプルを公開します。

2070年の「お墓のない未来」を想定し、

地球温暖化が進んで水没した奄美大島のとある集落出身の女性が、デジタルツインの日本上のかつての故郷の座標に「歴史の語り手として」記憶データをマッピングし自らの墓標とするストーリーです。

遺骨のありか=墓ではない、家族の所有物=墓ではないデジタル化された記憶そのものが墓として機能する社会を描きました。

​WS中では、本作品をもとにバックキャストを行い、新たな事業アイデアの創出に活用しました。

魂の座標

「やっぱり、死んだら故郷に帰ろうと思うの」

 突然、決意を口にした私を、隣に座るあっちゃんは少しだけ首を傾けて興味深げに見つめた。

いつものように、私は公園のベンチに座り “あっちゃん” とおしゃべりしていた。街を見晴らすこの高台の公園はランドマーク的な存在で、あっちゃんは昔からこのベンチに座って日がな一日本を読んだり、居合わせた知り合いとおしゃべりをするのが大好きだった。

「もうすぐなのね」と、あっちゃんは柔らかな声で返す。いつも通り、淡い桜色のカーディガンにグレーのスラックスを身に纏い、白髪を上品にお団子にまとめあげている。

「うん。あと2ヶ月だって」と私は答える。桜色に染まる風が私たちの間を吹き抜けてゆく。日差しはぽかぽかと暖かく、春そのものだ。人生の最期について話すにはうららかすぎるお天気だが、私が死ぬ頃にはきっと、厳しい暑さがやってくるだろう。2050年代以降の急激な気候変動に伴い、この街の気候も大きく変わった。昔は豪雪地帯だったのに、1月の今でもこの陽気である。

 医療アシスタントが私の正確な寿命を告げたのは2週間前だった。来週で80歳。脳といくつかの臓器と骨を除いた体の大部分を義体化している割にはよく「保った」ほうだ。

「……やっぱり、故郷に帰るのね」

「うん、そう」

 できるだけ深刻な口調にならないように気をつけながら私は言った。

「あっちゃんたちと暮らしたこの街ももちろん好きだけど、最後の居場所はあそこがいい。海の底に沈んでも、私の故郷はあの島だから」

 私の故郷は奄美諸島のとある小さな島だ。温暖化による海面上昇で2050年には廃島になった。故郷を失った私はやがてこのナガノ・シティのコミュニティにたどり着いた。私とあっちゃんが所属するこのコミュニティは、環境難民のコミュニティと戦争遺族のコミュニティがごっちゃになっており、そのどちらにも当てはまる私にとっては所属は運命だったと言っても過言ではない。

 このコミュニティで信仰されている宗教は自由葬なので、埋葬や供養のスタイルはそれぞれに委ねられる。ほとんどの人たちが「シード(種子)型」を選んでいた。火葬後に残った遺骨にナノマシンを混入し、小さな金属のカプセルに詰めて土などに埋める。ナノマシンは遺骨の分子構造を利用して極小の記憶媒体を構築し、故人のデータを保有する。骨の粉一つ一つが、故人の記憶を宿す小さな図書館となる。仮想グラスを掛けた人がシードに近づけば故人の姿が浮かび上がり、まるで生きているかのように触れ合うことが可能だ。

「シードのデザインはもう決めたの?」とあっちゃん。

「うん。見て、これがサンプル」

 私はそっとあっちゃんに箱の中身を見せた。

「可愛いのね」

 あっちゃんは箱の中に目を向けて微笑んだ。チタン製の拳大の納骨キューブはずっしりと重みがあり、しっかりと私の故郷の土に埋まるだろう。丸い球体の表面には、奄美の伝統的な織物である「大島紬」の柄が精緻にプリントされている。

「座標は?」

 故人の眠る場所は「座標」で語られた。エベレストの頂上だろうと、太平洋のど真ん中だろうと、埋葬ドローンが故人の指定した座標に骨を運んで永遠にそこに眠らせてくれる。公共の場所なら行政の許可を取ればだいたい埋葬可能だ。魂の座標は国営のデジタルツイン上にマッピングされ、いつでもどこにいてもオンラインでアクセスできる。この供養の形は戦争と気候変動によって居住可能地域が激減した2060年ごろから急速に普及した。私たちのコミュニティから出たシードの作成と埋葬、デジタルデータ管理とマッピングは、確か「加登」という会社が請け負っていたはずだ。

「もちろん、私の生まれた家のあった場所だよ」

 唯一の親族である娘は今ではスウェーデンに住み、日本に帰ってくることはほとんどない。今だってメタヴァース上で会うのが常だから、死後にもその関係がそう変わるわけではない。ストックホルムから9000kmも離れた故郷の海に遺骨が埋まっていたとしても、彼女と私の心の距離が今より遠ざかることはないだろう。

「どんな機能を搭載するの?」

 シードにはさまざまな機能が搭載できる。例えば、あっちゃんは会話機能を選んだ。この街で生まれ育ったあっちゃんは友達も多く、尋ねてくる人も多い。「誰かが悩んだ時に話を聞ける存在でいたい」という思いで会話機能タイプにしたそうだ。心理指導員だったあっちゃんらしい選択だ。

「ビジュアル・メモリ機能にしたの。私の故郷の記憶を、いろいろな人に見てほしいから」

 私のシードにアクセスした人は、ニューラリンクによって私の記憶を体験できる。私の脳メモリから再編成した3Dビジュアルデータは、私の体験を正確に、克明に、相手に伝えるだろう。子供の頃の島の暮らしも、母と父、兄弟たちの思い出も、娘が産まれた時のことも。戦争で家族を失ったことも、爆撃で手足を失ったことも、島を棄てて逃げた時のことも、みんな。

 小さい頃、おばあが戦争の話をするのを聞くのは怖かった。耳を塞ぎたかった。今ならなぜ彼女たちがあんなに必死に語るのかわかる。色褪せさせたくないのだ。悲しみを、苦しみを、次の世代が同じ思いをしなくて済むように。

「ビジュアル・メモリの生成って結構お金がかかったんじゃない?」

「『戦争記憶保存基金』に記憶を提供することで作ってもらったの。そのデータのコピーをもらったから、費用は掛からなかった」

「記憶を共有したいなら、もう少しアクセスしやすい場所の方がいいんじゃない?陸地とか。きっと訪ねてくる人も多いはずよ」

 私は首を振った。

「いいんだよ。いつかあの海の上を、何も知らずに偶然通りかかった人が、私の記憶に出会うでしょう。この土地がどんなに美しかったか、どんなに素晴らしい文化があったか、私たちの生活がどんなに幸福だったかをそこで知るでしょう。そのために私は語りたいんだ」

 こんなにも美しい故郷(クニ)があったことを、こんなにも美しい森があって、海があって、美しい文化があったことを。戦争はどんなものだったか、故郷がなくなると言うのはどう言うことかを、全部、全部。

 私は想像する。海中に沈んだ、深く絡み合うガジュマルの木の根っこの奥に、私のちっぽけな骨のかけらがしっかりと埋もれるさまを。チタンの殻に守られて、ずうっとずっと気の遠くなるほど未来まで、私の記憶を残す様を。赤い屋根屋根の瓦の隙間に、同郷の人々の魂と共に眠る様を。何百、何千という無名の人々がそこに残した小さな記憶は、きっとそこから物語を、歴史を紡ぐだろう。

「島が滅んでも、国が滅んでも、歴史は残る。私は歴史の礎になりたい」

  いつかこの国は滅んで、私たちの存在は忘れられるだろう。そこに島があったことも、そこに国があったことも、記録と伝聞でしか知らない人たちがいつかここにやってきて文化を築き、やがて過去について知りたがるかもしれない。その時に私の骨は語るだろう。ここで起きたことを、ここで起きた苦しみを、ここで起きた悲しみを、ここで起きた喜びを。

「そうなの。わかった」あっちゃんは静かな声で言った。

「そろそろ帰るね。娘とオンライン葬儀について打ち合わせする予定なの。また明日来るね」

 そう言って私は立ち上がる。あっちゃんの姿は、ベンチのすぐ後ろに迫る夕闇を透かし、柔らかなオレンジと紫に染まっている。

「うん、ありがとう。また明日」と言ってあっちゃんのホログラムは消えた。あっちゃんのシードはこのベンチの下に埋まっているのだ。

 私は仮想グラスを外し、空を見上げた。埋葬ドローンがやわらかな春の夕日の中を飛んでゆく。誰かの魂を載せて、それがあるべき座標に向かって。

​株式会社SFプロトタイピング

住所:151-0064 東京都渋谷区上原1丁目4-2
ガーデンブルグ上原

電話番号:03-5790-9137

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